アリーナ&遅筆堂文庫のスタッフがお届けする舞台裏ブログ

山形県川西町の農家の長男として生まれた片倉尚さんは、少年時代に読書に没頭したり、音楽に打ち込んだりして、周囲からの「農家になる」というプレッシャーと戦いました。
高校生の時には家出覚悟で伊豆まで自転車で出かけたものの、迷いを抱えたまま山形に帰ってきました。「どこに行っても食べ物がおいしくなかった」ことが理由の一つだったと振り返りました。この自転車旅行が片倉さんのその後の人生を決めたといいます。

24歳での会社創業や父の死など様々な経験を経ながら「楽しいこと」を追求し、ライブスペースを開設しました。その後も古民家や土蔵、廃工場を改装・再利用して、コンサートや講演会を行うホールをつくり、ただ家と会社の往復をしている人達にも「楽しいこと」を体験してもらう場を提供しています。
また、悪評だらけだった町内の温泉施設の経営再建を任された時は、スタッフに一流の味、サービスに触れさせて意識改革を行いました。

後半ではビニール管を加工して作った「水笛」で「最上川舟歌」を演奏し、会場のお客様にも小さな楽器で参加してもらいました。
以前に井上ひさし先生にも水笛の演奏に参加してもらったことがあり、演奏が終わってから言われた言葉など井上先生との思い出を披露しました。

「楽しみがなければ生きる意味がない」という言葉を何度も繰り返し、たとえ道半ばになっても「もっと楽しいこと」を追求したいと語りました。

質疑応答の時間では、子供たちの地元愛を育む必要性や大きな夢をかなえるためのアドバイスなど、片倉さんの人生哲学が語られました。